2006年05月30日

ダイヤモンドビジョナリーへの想いB

2001年、2002年は二年連続で大赤字だった。
まだ、ソフトブレーンとしての営業プロセスを確立できず、中々実績が伸びなかった。
以前、「ショーンKさんとの出会い」でも書いたが、とにかく会社の「認知度UP」も大きな営業プロセスのひとつだと感じていた。

大企業では、自分の会社が既に認知されており、営業のステップが一段階省略されていることが案外意識されていない。

当時「東洋経済」さんで、ソフトブレーンの記事が出た。
すぐに、なけなしの予算で「抜き刷り」を作成して、営業の皆で配布した。

お客様からのご支援や宋さんを筆頭にした全従業員の一丸となったプロセス改善で、ソフトブレーンは、2004年6月に二部上場、2005年6月に一部上場という恵まれた成長をする事ができた。

認知度があがる度に無駄な営業が省けるようになっていくと実感した。

一部上場が明確に視野に入ってきた2005年のある日、新聞を見て、驚いた。

私のよく知っている方がダイヤモンド社の社長に就任していたからだ。
その方は鹿谷史明さんだった。

私が辞表を提出した「企業部」部長、その人だ。

以前、宋が「上場したら、雑誌社がグループにあったらいいね。」といっていた事を鮮明に思い出した。

さっそく、鹿谷社長に面談を申し込んだ。

以下、次回に‥‥

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posted by 成長企業プロデューサー 小松弘明 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス ヒストリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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