2006年12月15日

玄徳と孔明A

昨日の続き‥

杜甫の詩に“諸葛孔明”を詠んだ詩もある。

諸 葛 大 名 垂 宇 宙  諸葛の大名 宇宙のたる

宗 臣 遺 像 粛 清 高  宗臣の遺像 粛として清高

三 分 割 拠 紆 籌 策  三分割拠 籌策をめぐらし 

万 古 雲 霄 一 羽 毛  万古 雲霄(うんしょう)一羽毛

伯 仲 之 間 見 伊 呂  伯仲之間に伊呂を見る

指 揮 若 定 失 蕭 曹  指揮もし定まらば蕭曹を失せん

運 移 漢 祚 終 難 復  運移りて漢祚(かんそ)は終に復しがたく

志 決 身 殲 軍 務 労  志は決するも身はつきぬ 軍務の労に

 

諸葛1.jpg
正子公也氏デザインフィギア

意味は、

孔明の大いなる栄誉は、無限の空間と時間にとどまっているが、
その重臣の遺像が、厳粛に、清く、高く、ここのある。
天下三分の計という戦略をめぐらし、
その才能と徳の高さは永遠に大空高く飛ぶ一羽の鳳のごとくである。
また、孔明は、伊尹(いいん)や呂尚(りょしょう)と匹敵し、
もし、天下がその指揮に服するならば、漢の蕭何(しょうか)や曹参(そうしん)も問題にならなかったであろう。
残念ながら歴史の流れには逆らえず、漢室の帝位をついに復興できない。
魏を討つ決心をいだきながらも、その身は軍務の苦労のため命尽きてしまった。

杜甫は、劉備の人徳と孔明の誠実さが好きであったようだ。

杜甫は“悲哀”の詩人である。
しかし、どこか、そこにほのぼのとしたものも感じる詩人でもある。

※伊尹(いいん)は、湯王を補佐して殷王朝を起こした人物
 呂尚(りょしょう)は、ご存知、“太公望”のことである。
 蕭何(しょうか)と曹参(そうしん)は漢王室創業の功臣。

おもしろい。

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posted by 成長企業プロデューサー 小松弘明 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 「知道中国」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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