2007年08月14日

ときは今‥

ときは今あめが下しる五月かな 

天正10年5月28日、

明智光秀が、西坊威徳院で詠んだ連歌。発句である。

明智家は、土岐(とき)氏である。

天(あめ)が下しる=天下取り

の意思表明の表れだと解される(ことが多い)。

あめが下しるではなく、あめが下なる

だった、という説もある。

下なるだと、ただ雨がふるという意味でしかない、

のでは、なんて思ったりする。

本能寺の変の歴史ミステリーは、本当におもしろい。

明智左馬助の恋
明智左馬助の恋
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加藤 廣
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4 うーん。
5 これぞ文学性高い作品
4 本能寺の変の真相に迫る・最終章


明智左馬助は、はじめ三宅弥平次と名乗り、明智光秀に仕えた。

光秀の次女の再婚相手であり、その時から明智を名乗った。

本能寺の変の後、信長の遺体を捜す中心的役割を果たしたりする。

話しは飛ぶが、明智左馬助が、徳川家康につかえる、

「天海僧正」になったという異説もある。

明智光秀が「天海僧正」だ、という説もある。

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いやあ、おもしろくて、やめられませんね、歴史ミステリーは。



posted by 成長企業プロデューサー 小松弘明 at 22:51| Comment(2) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
天海の説も面白いですね。また、秀吉は光秀の読んだ句を本能寺の変の前に耳にしたという説も。その真偽を追求することはナンセンスですね。謎が多いからおもしろい。
歴史は繰り返すといわれますが、歴史に学んで、精進したいと思っています。
歴史ミステリーは本当におもしろいです!
Posted by sabvec at 2007年08月15日 10:17
秀吉が、耳にしていたら‥

いろいろますますあやしいですね、

秀吉は。

家康も事情を知っていたという説も根強いですよね。

だから、明智を「天海僧正」として‥

なんて推理もあるんですよ、確か。
Posted by komatsu at 2007年08月15日 18:58
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